「新感染 ファイナル・エクスプレス」をNetflixで見た。
ヨン・サンホ監督の韓国映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2016)をNetflixで見た。
コロナつながりで感染モノを意識して選んでいるわけではない。しかし、これもまた予言的な作品であったのだろう。
平たくいうとゾンビものである。タイトルは新幹線からのもじりであり、ソウルから釜山に向かう高速列車内にゾンビが入り込み、パニックになるということ端的に記している。
原題は「釜山行き」。英語タイトルも「Train to Busan」。この日本語タイトルは、揶揄されがちな独自邦題の中でもかなりよい出来なのではないか。公開当時も、この邦題のおかげかちょっと話題になっていた記憶がある。
いかにもB級的だが、期待にたがわぬ真っ向勝負のゾンビ映画である。似た時期に同じゾンビ映画の「アイアムアヒーロ」(2016)が公開されて比較されることも多い。どちらもよくできているので優越は好みの問題であると思う。むしろ、共通点としてゾンビになると肉体能力があがって、ハイスピードで追いかけてくるというのが興味深い。
監督のヨン・サンホは、アニメーション監督なので、アイアムアヒーローのマンガ原作(2009年から2017年)も知っていただろう。真似したという人もいるが、さすがにそれは言いがかりではないか。いくつもあるゾンビもののトレンドの中で、今は、肉体強化・知能低下型が人気だということだろう(ただし一か所気になるところもある。これは後述)。
物語は仕事人間のお父さんと、小学校の娘が別居中の母親へ会いに行くべくソウルから釜山への高速列車(KTX)へ乗るところから動き出す。実は、その前にも丁寧に家族の風景が描かれており、豪華マンションの広い部屋で年老いた母親がザルを前に手仕事をしているシーン等が印象的だ。
この絵だけで、金持ちになった息子の家に、どこか所在無げにいる母親と主人公の息子との関係がわかる。
この映画、上記の例のように、映画という限りある時間制約の中で、うまく関係性を描いたり、演出したりするところが上手い。
冒頭も、事故で検問されるトラックが、解放された後、道路で鹿を轢くのだが、車が去った後死体がひょっこり立ち上がるシーンから始まる。
「よーし、これからゾンビ映画、はっじまるよ!」という宣言高らかで非常に好ましい。
もっとも、映画公開時にはゾンビ映画だと売れないということで、ゾンビものであることを隠して宣伝されたらしい(Wikipedia情報)。悲しい現実である。
ゾンビ出現と共に、パニックムービーとなっていくわけだが、お約束の群像劇状態が始まる。
妊婦をかかえたマッチョな夫、逃げてきたらしきホームレス、野球部員とマネージャーのカップル、偉そうなおっさん、幸薄い感じの老姉妹に、乗務員、運転手。
アクションシーンというか、ゾンビ襲撃のシーンはとにかく、数数数。そして皆走る走る。演じている人もハイな状態になって、とにかく勢いだけは凄い。
CGも多用されているが、ノリノリな感じは画面を通しても通じる。
しかしこういうウェルメイドなものを見ると逆の疑問を持ってしまう。この映画を監督はどういう動機で作ったのだろうか、と。
もともとはアニメ畑の人だという。本作の前に実写映画の監督経験もなく、逆に長編アニメ映画は何作も作成している。
例えば、シン・ゴジラを監督した庵野秀明であれば、東宝からの依頼があって作成したなど、経緯はわかりやすい。
この映画はゾンビものであることを宣伝で明らかにして無かったということは、ゾンビものというジャンルムービーを依頼されて作ったわけでもなさそうだ。
次回作でNetflix限定公開の「サイコキネシス -念力-」(2018)は、地上げ屋と戦うお父さんの話らしい。あらすじを見る限りだと、おっさんが超能力に目覚めるというあたり、スティーブン・キングっぽさを感じる。
今年2020年8月には、本作の続編「半島 (映画)」が公開予定で、予告を見る限りではこっちはもっとアポカリプスもの要素が強い感じだ。
ラインナップからするとエンターテイメント志向なのか。
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と、ここまで書いてネットを検索。
以下で興味深いインタビュー記事を発見。
https://screenonline.jp/_ct/17115012
「新感染、実は影響を受けていた是枝監督の作品とは?!」
ネタ晴らしをすると、父親の造形に是枝監督の「そして父になる」の影響があるという話。ほかにも、車内での攻防は「キャプテン・フィリップス」「ユナイテッド93」を参考にしているとも。この辺りは、話を知ると「ああー」とうなづかされる。
監督自身の作品の好みとしては社会派なのか。
かといって、バットマンをネタに思いっきり社会派にふりきった「ジョーカー」とまではいかない。
作品中でも親子の情に関するエピソードが多く、社会批判もあるのだろうが、それよりも正義の味方(ヒーロー)になりたい、誰かを守る騎士(ナイト)になりたいというベクトルのほうが強い印象だった。
どちからというと、親の世代とのかみ合わなさあたりから、世代の違いによる断絶の方が根深いのかとも思う。
韓国社会は、1980年までずっと戒厳令を敷いていた。完全民主化は1987年とも言われる。
正義をデモで勝ち取ってきた上の世代に比べて、1997年の金融危機でIMFの介入を受けたのち、経済優先の体制、特に財閥による支配(10社でGNPの80%近くを占めるという)という子の世代の社会では、正義の見せようがないのだろう。
現代韓国社会では、ヒーローになるには弱くとも立ち上がる父という姿になるしかないのか。
金持ち=正義のような中国本土の状態よりかはまだよいのかな。
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まとまりが無いので、気になった細部の話をあと少しだけ。
ゾンビの群れに突入する際、腕をガムテープでぐるぐる巻きにするほどガードしておいて、上着を脱いだり、半袖になってしまうのは何でやねん! もっと防護しろよ!!
ゾンビになったおっさんが一瞬幼児化するのはずるい! ってか上で一度否定したけど、ここは少しアイアムアヒーローっぽい。走馬灯的なものなのかもしれないけど。
子役がうまい。冴えない感じが逆にすごい。こうの史代の漫画に時々出てくる、げじげじ虫をいじる少女っぽいのが実写では意外に稀有なキャラクター。ジャンル映画と少女というとパシフィックリムもいい味出していたし、相性がいいのか。え、REX恐竜物語はどうだって? 角川監督作品は除く……。
運転手さんがいい人。乗客乗務員もまたやることはやっている。上のインタビューによると、撮影に非協力的だった韓国の鉄道公社も作品後には、運転士役の俳優を名誉運転士に認定したとか。遅い! けどよかった!
いろいろ書きましたが、普通に面白いのでこのジャンルに抵抗がなければおすすめ。
2010年代のゾンビものの中でも外せない一作かと。